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Let's コミュニケーション![最終回]
「早急」は「そうきゅう」?

-移り変わる読みのトレンド-

 「早急に対応を取り、二度と同じミスがないように……」
ビジネス上のトラブルがあったときに、よく耳にする言葉だが、さて冒頭の漢字2文字。あなたはどう読む?

 いま、ほとんどの人がこの漢字2文字=“早急”を“そうきゅう”と読んでいる。
しかし、ぼくがアナウンサーになった1989(平成元)年、研修の場では先輩アナから高圧的に言われたものだ。

「 “そうきゅう”? アナウンサー失格! “さっきゅう”に決まってるだろうが!」

 しかしいま毎日のニュースをウォッチしていると、“早急”の読み方は、市民や学者のインタビューにしろ、企業の謝罪会見にしろ、国会答弁にしろ、みーんな“そうきゅう”。いま“さっきゅう”と読んでいるのはアナウンサーくらいではないだろうか。私が専門学校で話し方を教えている20歳前後の若者などは「えー、“さっきゅう”なんて読み方があるんですか?」とマジでびっくりする。“早急”の読み方はいま完全に“そうきゅう”に塗りつぶされつつあるようだ。

 しかし、これを言葉の乱れだと嘆く気持ちは、個人的にはまったくない。文字の読み方や熟語の用法、そしてアクセントやイントネーションなどは非常にうつろいやすいもので、いま現在「これこそ正しい」と思われているものが、数十年後も「正しい」かどうかはそのときになってみないと分からない。間違った読み方や用法でも、ほぼ100%の人がそちらを使うようになれば、いつの間にか正しいものに置き換わってしまうのだ。

 例えば“新しい”という形容詞。元々の古語“新し”は、平安時代の初めごろまでは“あらたし”という読みが正解だった。しかしいつかどこかで誰かが“新し”を、当時「もったいない」という意味で使われていた“あたらし”(可惜し)という言葉と混同。その誤用が広がり、完全に“あらたし”は “あたらし”の読みに置き換わってしまった。

 よく耳にする「全然オーケー」、「全然大丈夫」という表現にも面白い歴史がある。年配の方を中心に「“全然”は打ち消し表現のみに使う言葉だ」として拒否反応が強いが、字をよく見ると「全く然(しか)り」、つまり肯定の言葉なのだ。実際、夏目漱石や森鴎外など明治の文豪は、この“全然”を肯定表現として用いている。どうやら“全然”は第二次大戦前後から否定表現と結びつけて使うのが常識となったが、最近になって再び肯定表現でも使われるようになったということらしい。

 発音の面でも見てみよう。インターネットを示す“ウェブ”という言葉では、主に40代以上の人は“ウエブ”と冒頭2文字をはっきり区別するように読むが、若い人ほど “ブ”と、ほとんど1音で発音する。年配の人ほど“フィルム”の冒頭2文字を“フイルム”と区切って読み、若い人ほど“フィルム”と冒頭が一音節になるように。ぼく(現在46歳)は“ウェブ”=“ブ”の発音にその発音にすごく違和感があるのだが、時代が求めるということであれば降参するしかないのかな、とも思う。

 言葉は生き物だ。その気まぐれな変化・移ろいに戸惑って拒絶するより、むしろ身をゆだねて楽しみ、どんどん慣れ親しんでみる姿勢が必要なのかもしれない。私たちは日々、無数の言葉にどっぷりひたって生きていて、人とのコミュニケーションを求める限り、決してその言葉たちから逃れることは出来ないのだから。
 
今回まで6回にわたり、コミュニケーションツールとしての“言葉”について、駄文を連ねてきました。書いているうちに自分自身で新たな発見も多く、「まだまだ勉強不足だなあ」と反省することばかりでしたが、このコラムのどこか一部でも仕事先や学校で会話を交わす際の「ネタ」になったならば幸いです。
では、Let’sコミュニケーション! またどこかでお会いしましょう!!
 

コラムニスト:山本 耕一 氏プロフィール

山本耕一 氏
山本 耕一
[Kouichi Yamamoto]
1967年福岡県北九州市生まれ。
中学校時代、短波ラジオで世界中の放送を聴くうち「アナウンサーになろう」と決意。日本大学卒業後、テレビ長崎入社。「めざましテレビ」初代長崎リポーターなどを務め、2003年からフリーアナ。
現在は福岡のテレビ・ラジオにレギュラー出演のほか、アナウンサー・声優志望者の発声・コミュニケーション術・就職指導も担当。
気象予報士。家族は妻と2男。

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